問題の本質というのは


風花、あのな、俺も彼女からその話を聞いたときは、目が点になって腹が立ったけど、よりコンテンポラリーな問題の本質というのはだね、君が聞かされたら不愉快かもしれないけど、別のとろこにあるんだよ。間主観性の無い無神経な人間というのは大昔から絶えたことがないのであって、かつてはそのトンデモおじさん対Kちゃんというふうに個人対個人の構図において無神経に欲望を露出させることの是非が問われていたわけ。実際のところキモイやつらは昔はもっと大勢いたんだよ(俺は実際知ってるんだけど)。で、運悪くトンデモな人間と接触してしまっても、そのトンデモな人びとの深層の裾野の広さや深さまでダイレクトに思い知らされることはなかった。その場その場でトンデモなやつをぶちのめせばとりあえず平和は回復された。ところがネットの時代になって、間主観性の無い無神経な人間が個人に対してというより社会全体に対して欲望を垂れ流せるようになった結果、世の中にはトンデモが溢れていて、その集団がまた奇妙なことに耳慣れた言語を使った自らの定義と体系を持ち、それがこちら側からするとこじれにこじれて見えることが明らかになった。さらに始終その存在とボリュームを実感しなくてはならないというのもきつい。個人対個人ではなくて、無神経な人の集団と繊細な人の集団の境目がはっきりしてしまって、より大がかりな「闘争」に発展してしまったのです。ほとんど海の水と同じくらいトンデモの種は尽きまじ。なのだよ。風花はそのことに愕然としてるんだと思うけど。さらに、間主観性を欠いた欲望は、欲望というよりいまやモードな「カルチャー」なんです。欲望、あるいは欲望を無神経に露出させる態度をカルチャーに格上げしたのは、まぁ評論家とか、ネット環境の普及とか、テクノロジーの高度化とか、ネットを使った彼らの欲望を充たすビジネスの巨大化とか、理由はいろいろあると思うけど。ネットは大きな枠組みでは相互理解ではなくて、むしろ分断の方向に働いたと俺は思う。理解できるかもしれないし、理解できないかもしれないというあいまいさを、理解できないという決定的な態度に硬化させてしまうのがネットなのかもしれない。分断されてしまった結果、集団と集団の間ではカルチャーも違えば、道徳そのものも違う。既存の、共通の、社会通念や道徳を強化するとか解体するとかの話じゃないの。知的で間主観性のある人びとと、無神経で間主観性の無い人びととでは、たとえ同じような知的に見えるジャーゴン−−知的な用語というより、まさに正しい意味でのジャンクな言葉としてのジャーゴン−−を使っていたとしても道徳の方向が明後日というくらい違ってしまっている。この亀裂の深さは、普通の説得では乗り越えることができないくらいのもになってます。自由も、権利も、民主主義も、君らと彼らの間ではまるで違うものを指している可能性が高い。前提が違えば、いくら正しい論理を組み立てても、同じ真理に人を導くわけではない。だから風花が、ここでこんなふうに説得を試みようとして挫折するのが、俺には手に取るようにわかる。風花の説得は絶対に届かない。


風花やKちゃんのように繊細な人はネットの世界には馴染まないかもしれない。ネットの巨大な痰壺に身を投げる必要はない。と言ってももちろん君がおとなしく忠告を聞いていくれるとも思えないのだが……一つの提案をするとすれば、説得的批評ではない別のことをしたほうがいいと思うよ。評論てのは、さっきも言ったけど無神経な欲望の露出を「モードなカルチャー」に仕立て上げることもできる。彼らと同じ批評のジャーゴンを使うのは徒労というものだし、それはまた君がほんとうに求めていることでもないはずだ。泥沼で格闘して泥まみれにならないですむすべはない。風花が求めているのがより○○な表現−−どう言い表せばいいのだろう? つまり今あるものより○○(ここに形容詞を入れたいのだがありきたりの形容詞じゃダメだ。日本語ではどれも陳腐に堕してしまうので、仮に君にわかりやすいであろう、たとえばフランス語でmeilleurとしておこう)−−の誕生ならば、君自身がそれを生み出せ。つまり、俺が救いを見いだすのはだな、Kちゃんが、少なくともそのトンデモなおっさんよりよほど良い短歌を創っていたということだ。そのおっさんの俗情まるだしの短歌と行動をほんとうに見下ろし、恥じ入らせるのは、彼女の作品だと思うんだが。だから風花がもし何かを語りたいなら、Kちゃんと同じように、風花自身の新しい言葉と表現を見つけるべきだと思うんだよね。反対者と闘うより、同じものを愛してくれる人を募ったほうが絶対に良い。そっちをお勧めする。


余計な講釈をとまた怒られそうだけど。なんだかフラニーに向かって語りまくるあの変人の兄貴になったみたいな気がしてきた。



byおじこ

フラニーとゾーイー (新潮文庫)

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