東京暮雪
東京は今日も夕暮れ時から雪。
1996年に江戸東京博物館で開催された「近代版画にみる東京——うつりゆく風景」展のカタログを取り出してみる。
私のいちにお気に入りの作家は川瀬巴水という、いかにも水都東京の風景を得意とした人。その人が多く雪景色を残している。「東京十二景 お茶の水」という作品は、神田川に面した蔵造りの建物の窓に灯りが点って、まさに東京暮雪。家々の屋根、神田川、そこに浮かぶ荷船、前景の木に薄く雪が積もって、斜めに降る雪は夜にかけてさらに降り続けそうな勢い。この静けさが好きである。
また「東京十二ヶ月 三十間堀の暮雪」というのもある。こちらも、蒼く昏い水面と、黒く闇に沈み込んでゆく建物、ぽつり、ぽつりと点った燈火がなんとも切ない。
雪景色ではないが、「東京十二題 夜の新川」という作品も、眺めているとしみじみ寂しい気持ちになれる。描かれた当時は酒蔵の並ぶ街であったらしいが、その細い露地から新川へぼおっと漏れる薄黄色い灯り。遠い遠い昔、北欧の絵画を集めた展覧会で、これにそっくりのうそ寒い石造りの倉庫通りの昏い道に、幽霊のようにたたずむ薄明かりが点っている絵に陶然としたことがあった。
雪のつくりだす昏さと、清しさが、どうにも不可能そうに見えるのに互いに引き立て合う風景が好きだ。
もう1人、夜の水面や濡れた道への燈火の反映の巧みな吉田博も私の好きな作家である。雨後の夜の繁華街の煌めきをゆがめながら映し出す濡れた地面は、万華鏡のように、地上の華やかさ以上に華やかで流麗なのである。
雪の夕暮れ、その透明な灰色の気配の向こうに大正、昭和の東京の街が見える、見てしまう、その時間に飽くことがない。
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